
早稲田大学創立者・大隈重信は、常々「人生125歳説」を持説として語っていた。「人間は本来、125歳までの寿命を有している。適当なる摂生をもってすれば、この天寿をまっとうできる」というものである。その根拠は、「生理学者の説によると凡ての動物は成長期の五倍の生存力をもっているというてある。そこで人間の成熟期はおよそ二十五歳というから、この理屈から推してその五倍、百二十五歳まで生きられる」(大隈重信述「人寿百歳以上」)というものであった。この大隈重信の「人生125歳説」は非常な評判となり、当時のジャーナリズムに何度も紹介されている。
そのため、早稲田大学および大隈重信に関連する記念行事では、125という数字が、かねてから重要なエポックとして特別視されてきている。
創立45周年(1927年・昭和2年)に竣工した大隈講堂の塔は125尺(約38メートル)に設計され、また、1963(昭和38)年には、大隈重信の生誕125年記念行事が催されている。 大隈重信自身は、77歳で第二次大隈内閣を組織し、83歳まで生きている。「若し吾輩にして、此の百二十五歳定命説を理解することが、もし今三十年早かったならば」という言葉を残しているが、日常生活はいたって規則的で、当時の日本人の平均寿命を考えるとかなりの長寿であった。
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