大隈講堂

1.大隈講堂その歴史

大隈講堂外観

  大隈講堂が竣工したのは1927(昭和2)年。今から79年前のこと です。当時の講堂には例のない新しい工夫を試み、建設されました。
 建設にあたって当時の総長・高田早苗の注文は、「ゴシック様式であること」、「演劇に使えること」でした。これは当時としては画期的なことで、高田早苗の「早稲田にしかない講堂の建設」を目指したものと言えるでしょう。設計は当時の理工科の教授陣によるコンペが行われ、その当選作を参考にして、建築科の佐藤武夫教授によるデザイン、東京タワーを設計したことでも知られる内藤多仲教授の構造によって、建築が始められました。日本で初めて音響設計をした講堂で、音響の設計には電気科の黒川兼三郎教授が当たるなど、当時の錚々たるメンバーによって建設が進められました。また、建設費には多くの篤志家から多数の寄付が寄せられ、建設の上での大きな助けとなりました。
 そして、10月15日には客席数1,435席の立派な講堂が竣工。当時の東京には、専門の劇場でもこれだけの規模を持つものは数少なく、その威容を誇ったのであります。この年は創立45周年にあたる年だったこともあり、その記念を兼ねて10月20日に開館しました。
 

 

2.大隈講堂その構造

 大隈講堂には構造上数多くの特徴があります。地上3階地下1階(地下は大隈小講堂)の構造には、当時は珍しかった先進的な様式や工夫が施されています。
 舞台に向かって一様の傾斜を持っている客席、照明を助けるホリゾントの使用、これらは当時は稀なものでした。中でも特筆するべきは二階席を支える梁で、12メートル突き出た客席には1本の支柱もなく、それを23メートルの梁で218トンもの重量を支える設計になっています。
 また2階廊下にはステンドグラスが散りばめられ、電気を消すと自然光でパープル、ブルー、エメラルド・グリーンの模様が浮かび上がります。太陽光を受けてまばゆいきらめきを見せるステンドグラスは一見の価値があ ります。
 大隈講堂の中でもユニークなのは天井。天井は宇宙を表現し、楕円形の窓は太陽系を表現した採光窓になっています。中央に太陽をかたどり、十字型の西に三日月、その周りには9つの星をあしらってあります。9つの星とは水・金・地・火・木・土・天・海・冥のそれぞれの星を現わしています。下から見上げる天井はユニークな形をしていますが、その天井にはそんな意味が含まれていたのです。
 また講堂の門扉や天窓の側面には、大隈家の家紋「裏梅剣花菱」をアレンジした十字状の模様が随所に見られます。
太陽系を表現した採光窓

 

3.大隈講堂その華麗なる舞台

二階席から。大隈講堂の天井はまるで宇宙のよう。  大隈講堂の舞台には、多くの来賓がその足跡を残しています。古くはインドのネール首相、アメリカのロバート・ケネディ司法長官(いずれも故人)、フィリピンのアキノ大統領などの政治家をはじめ、ベルリン・フィルハーモニーの終身常任指揮者だった故ヘルベルト・フォン・カラヤンが早稲田大学交響楽団のために公開練習を行い、タクトを振ったこともあります。また最近では、現職の大統領としてアメリカのクリントン大統領が初めて来校したり、金泳三韓国大統領、江沢民中国国家主席などが来校し、講演しています。
 芸術方面では、1982(昭和57)年の創立100周年記念事業の一環として、校友の俳優・森繁久彌さんのライフワークとして有名なミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」の上演や、やはり校友の松本幸四郎さん、中村吉右衛門さん兄弟による歌舞伎「勧進帳」の上演が行われました。詰め掛けた満員の観客は森繁さんや幸四郎さんらの演技に酔い、大隈講堂が割れ返るような興奮と熱気に包まれました。その後も島田正吾さんの一人芝居「白野弁十郎」などが上演され、こうした公演によって、建設当初の「演劇に使える」という目的は果たされました。現在は、学生主催のイベントや毎年恒例のワセダ・カルチャー・トーク等著名人を招いた講演会などが行われています。

 
 

4.大隈講堂その知られざる場所

 大隈講堂には、庭園に面した回廊があるのをご存じでしょうか?講堂の側面がアーケード式のバルコニーになっています。大礼服姿の大隈重信の銅像を移設するために、壁に予め窪みが造ってあり、そこには大隈重信の銅像がたたずんで庭園を眺めています。この回廊は貴賓室に通じており、普段は閉鎖されているので、皆さんはそこを歩くチャンスはないかもしれませんが、ガーデンハウスへ通じる道から垣間見ることができます。
 そして、時計塔。これまでは現役早大生がキャンパス内を案内するキャンパスツアーで、この時計塔の中を見学することができたのですが、改修工事の期間中(2006年4月下旬〜2007年9月末予定)は時計塔の見学は中止されます。そこで、皆さまに代わって下記コーナーで時計塔を紹介します。
趣のある回廊

 

 

5.大隈講堂次の世紀へ

 本学のシンボルとして、多くの学生を見続けて来た大隈講堂。そして、今も変わらぬたたずまいで、多くの学生を見守っています。2007年には、本学は創立125周年という大きな節目を迎えます。創立125周年記念事業の一環として、大隈講堂は歴史ある外観はそのままに、内部を改修し、多機能型文化ホールへと生まれ変わります。創設者・大隈重信が「人生125歳説」を唱えたことに由来して125尺の高さに建てられた大隈講堂も、大学が創立125周年を迎え、それを「第二の建学」と位置づけているのに合わせ、次の世紀へと生まれ変わっていくことになります。
 

 

 

潜入! 大隈講堂 時計塔

 いつの時代も、変わらない鐘の音で早稲田の街に時を告げる大隈講堂の時計塔。改修工事の期間中はキャンパスツアーでの見学が中止されます。そこで今回時計塔を取材、皆さんにバーチャルツアーをお届けします。
 

 大隈講堂の時計塔の高さは125尺(約38メートル)、地上7階に当たります。大隈重信が生前常々唱えていた人生125歳説に因んだ数字だといいます(人は摂生すれば 125歳まで生きると言う言葉)。ちなみに、2007年の創立125周年もこれに由来します。
 聳え立つ塔に取りつけられた4つの時計は長針1メートル、短針80センチで直径2メートルをも超す巨大なもの。1階にある標準時計によって管理・作動され、標準時計の信号で自動的にハンマーが動き、30秒間鳴り続けます。動力源にはバッテリー室で充電した蓄電池を使用。夕方になると、自動的に豆電球が点き、朝になれば、電球が自動的に消えるようになっています。
大きさの違う四つの大鐘で、音はF、Bフラット、C、D。重さは最大のもので720キロもある。  時計塔の鐘は米国・ボルティモア市マクレン社からはるばるパナマ運河を越えて運ばれました。大小4つの鐘でハーモニーさせる方法は日本では最初のものだとか。鐘の音を鳴らす時間は8時、9時、12時、16時、20時と、1日6回(試験の時などは配慮して、鐘の音を止めることがあります)。ウエスト・ミンスター寺院のそれと同じハーモニーを奏でているのだといいます。
 さて、早速大隈講堂の時計塔へ。夕方、16時の鐘に間に合うように出発しました。講堂に入ってすぐ、左手の階段を上っていきます。黄色いステンドグラスから洩れる光を背に大隈講堂の2階席最後尾まで来ると、今度は薄暗い狭い階段に変わります。やっとの思いで110段(地上5階)を昇りきると、時計室へ到着。薄暗い四面の壁にはそれぞれ直径2メートルを超す巨大な時計が取り付けられています。
 時計室からさらに階段を上っていくと、屋上へ出るはしごに辿りつきます。天井から漏れる明かりを頼りに、一歩一歩足を運ばせ、いざ大隈講堂のてっぺんへ。やっとのことで昇った屋上から見渡す景色は見事。夕陽で色づく早稲田の街と、その先まで一望することができました。屋上のWを描いた凹凸の壁と大鐘の側面は薄黒く変わり、79年の歴史の重みを感じさせます。見上げれば、頭上に吊るされた巨大な貫禄のある 4つの鐘が圧巻です。
 16時。仕掛け時計のようにハンマーが、ギィーと引っ張られました。瞬間、耳を押さえても溢れてしまうほどの重音が。ハンマーが鐘を叩く音までが聞きとれます。そして荘厳な含蓄のある音には4つの奥深いハーモニー。鐘の音色は早稲田の街へと響きわたりました。
 最上階で受ける爽快な風を肌で確かめながらの貴重な体験。皆さんは創立当時から変わらないこの鐘の音をどんな思いで聞いているのでしょうか。
 

 

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